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Euro Python,Tony Hoareによるキーノートがつまらなかったけど面白かった件

Euro Python,Tony Hoareによるキーノートがつまらなかったけど面白かった件

Euro Python 2009では何人か有名人が呼ばれていて,Tony Hoareもその中の一人で,2日目にキーノートスピーチを聞かせてくれた。彼はクイックソートやALGOL(!)を作ったり,Ocamlに影響を与えた人。著名な計算機科学者である。

これは僕が現地にいたからこそ分かることなんだけど,彼のキーノートは言っちゃ悪いが「参加者が一番退屈していたトーク」だったと思う。パワーポイントの扱いに慣れていないらしくページめくりがうまく行かず,最前列にいたPSFのSteve Holdenが「スペースキーを押すと先に進みます」などと言って手伝いつつ「このソフトはマイクロソフト製なんだぜ(Hoareはマイクロソフト勤務)」とジョークを飛ばして場を取り繕っていたりした。

トークの内容は,「サイエンス」と「エンジニアリング」の違いについて。「サイエンス」は長期的だけど「エンジニアリング」は短期的とか,科学と工学の違いを項目ごとに解説するような内容。Euro Pythonに来るような連中は,LLな世界の住人でも特にGeekyなハッカーばかりである。日々の業務に飽きたらず新しいものを追い続けたり,仕事で使いもしない新しいプログラミング言語をいくつも覚えるような連中である。エンジニアリングに携わる人間の中でも最先端に近い技術者の集まりと言っていい。エンジニアの中でもかなり科学者寄りの立場にいるような奴らばっかりなので,トークの内容については「知ってますが何か?」的な反応を示していたわけだ。

さて,僕はと言えば,意外に興味深くトークを聞いていた。エンジニアリングの項目に並んでいる項目がどれも「顧客」に結びついているような気がしたのだ。特に最近,意識をしてお仕事におけるコーディングの量を減らしている(研究的なコーディングはたくさんするけど。新しいフレームワーク評価するとか)こともあってか,お客さんが何を求めていて,なにを価値と感じるかについて考えることが多くなっている。お客さんの多くは,使っている技術がいかにエキサイティングかとかアルゴリズムが美しいかとかにはあまり興味がなくて,ちゃんと動くこととか,スケジュールが遅れないこととか,そういうことの方が,お客さんにとってよほど大事なはずだ。エキサイティングな技術とか美しいコードは,お客さんから見れば,お客さんの価値に直結する時に価値が最大化されるのだと思う。

僕はお話を聞きながら,PythonのようなLLを仕事で使っている連中のように,エンジニアと科学者の中間に居るような連中は,カッティングエッジな領域の出来事を,エンドユーザの価値に変換して提供する,という役割を担って居るんだなあと考えたりしていた。そのためにはお客さんのことをよく分かっていなければならないし,コミュニケーション能力も必要だろう。自分が美しいと思うことの価値を,価値観の違う相手に伝えて納得してもらってお金をもらうのだ。最後に蛇足なんだけど,LLの中でも特にプラクティカルなPythonを使っているような人は,最新の技術を顧客の価値に変換して提供する技術者としてはなかなかイケているとも思った。

キーノート自体は,実に珍しいことに途中退場する人がいたりした。僕はパワポの扱いもままならないTonyさんを見ながら,今とは比べものにならないくらいの貧弱な環境で,クイックソートやプログラミング言語を作るのはどんなに大変なことだったんだろう,思いを巡らせてみたりした。エンジニアでいることも楽じゃないけど,エンドユーザとつきあう必要はないとはいえ,別方面でよりとぎすまされている必要がある「科学者」の仕事も大変なんだろうなあ。

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2010-08-27 04:52